キリスト教福音宣教会(通称摂理)鄭明析総裁。日本にも多くの教会が存在する。大学生や若者を中心に入信者が後を絶たない。

キリスト教福音宣教会は鄭明析(チョン・ミョンソク)氏が性的暴行事件で逮捕、起訴され刑事裁判を経て10年間の懲役刑を言い渡された事実を「認めず」、事件はねつ造されたという主張を繰り返している。2018年2月18日に10年の刑期を終えた鄭氏は出所した。日本でも急速に成長していく摂理に対し弁護士らが共同声明(日本脱カルト協会)を発表。警戒は続いている。本記事は韓国のキリスト教ポータルニュース、教会と信仰、韓国キリスト教異端相談所協会を中心に被害者に取材した内容をまとめたものである。

はじめに

異端カルトに陥って二十数年あまりを過ごしたある女性に会ってインタビューすることができました。その中で経験した事柄はあまりに異常で大きな衝撃を受けました。 20代前半にキリスト教福音宣教会(摂理)に入り、脱会して今は50代の女性です。本紙は「これまで多くの歳月を偽メシアのもとで過ごし本当に苦しかったでしょう」そう質問すると「自分の経験を通じて摂理から脱会してほしい。そのためにできることをしたい」と力強い答えが返ってきました。彼女はカウンセリングを受け、異端相談所で教理的問題も学びながら他の脱会者の助けになりたいと頑張っています。語られた目を背けたくなるような教祖の蛮行に私たちは何ができ、どのように対処するべきでしょうか。」(教会と信仰 編集者注)

 

私の名前はヘイン(仮名)です。大学を卒業してすぐに摂理(現・キリスト教福音宣教会=CGM)に入信しました。約26年間、信者として深く教団に関わり、指導的立場にまで登り詰め、やがて某年にここを脱会しました。摂理で体験した今では常識では考えられないおぞましい出来事を整理しながら正直にお話ししたいと思います。

1983年8月、この日の出来事は一生忘れません。私は伝統的な長老教会に幼いときから通うクリスチャンでした。性格も真面目な方で何事も一生懸命取り組みました。教会では青年部の活動、幼稚科クラスの教師、聖歌隊の練習も熱心に励みました。自分でも他の子より信仰が強いと自負していたくらいです。それでも聖書は分からないことが沢山書かれています。性格的に曖昧にすることが好きではなく、きちんと納得したい私は、その都度、牧師に質問ばかりしていました。牧師からは「今は忙しい」、「まあ、疑わず信じなさい」とありきたりの返事しかもらえませんでした。教会の仲間も「信じよう? そうすればきっとわかるよ」と励ましてくれたのですが、心が満たされず次第に不満が募っていきました。疑問が生まれても解決できなかったのです。

インタビューに応じた元信者ヘインさん(仮名)。摂理で26年間信者として歩んだ。摂理の教祖鄭明析氏から性的暴行を日常的に受けたことを証言した。(写真・教会と信仰)

そんなある日、教会の親しい伝道師が突然話しかけてきました。実は彼は、鄭氏を再臨主と信仰しながら私が通う長老教会に正体を隠して入り込んでいた信者だったのです。そのときはわかりませんでした。「ねえ、ヘイン。実はさ、聖書を2千回も読んだというすごい人がいるんだよね。本当にすごい人だから良かったら一度会ってみない?」。この人何を言っているんだろう? 耳を疑いました。私は自分の教会の聖書解釈に疑問があり、何か煮えきらない思いをしていたので「どんな努力をすれば聖書をそんなに読めるんですか?牧師?宣教師?」思わず聞き返しました。現実的にはあり得ないような話なので「何か変だな」と感じて、断ることもできたはずです。でも好奇心の方が勝っていました。もっと信仰的になりたい、もっと模範的なクリスチャンにならなくては。伝道師に誘われてその教会に足を踏み入れてしまいました。そこが摂理の教会だったのです。「よくお越しになりましたね! 一緒に聖書を勉強しましょう」信者たちは皆笑顔で温かく迎えてくれました。当時の韓国社会は摂理に対する警戒心は弱く、諸教会も異端対策をほとんどしていなかったそうです。

教会には皆から「先生」と呼ばれる小柄な男性が牧師を務めていました。彼の名前は鄭明析(チョン・ミョンソク)です。教団の指導者であることは間違いありませんでした。信者たちは熱心に先生の話に耳を傾け従う様子に驚きました。私も会った瞬間に何やらオーラのようなものを感じ、すっかり惚れ込んでしまったのです。だから瞬時に摂理に馴染めました。既成教会では聞いたことがないような話をたくさんしていました。説教を語るとき、鄭氏の言葉は自分が権威ある者のように語り続けていました。すぐに信者に勧められ聖書勉強がはじまりました。最初に「これは真理に導く教えなので外部には他言しないように」と言われ、「とても特別な教えだから」という理由でした。初回は教理を体系的に学びました。

聖書はすぐに理解できないことや矛盾しているように感じる箇所がいくつもあります。講義はその矛盾点を一つひとつ解決してくれる内容でした。「比喩(たとえ)」で聖書を見ていくと真理にたどり着けると言われ、わくわくしたものです。寝る間も惜しんで続きを聞きたい衝動にかられました。心が満たされた、そう確信しました。摂理の講義は人を惹きつける特別な力があることは事実です。結果としてそれは洗脳教育につながるのですが。

創世記から学び、人間の善悪、堕落とは性的な堕落だと教わりました。こんな話は普通の教会では教えません。あとは「東方の地」は「私たちが住む韓半島(韓国)だ」と言われました。新約時代のイエス様は働きの途中に失敗してしまい十字架刑で死を迎えた、だからイエス様がやり残した働きが今成されようとしている。イエス様は2千年前の人々のメシアだった。今の時代には新しい救い主が必要だ。再臨の教えはさらに強烈でした。イエス様は再臨するときに、またイエス様と同じような肉体を纏って地上に来られる。神様は霊の存在だからこの時代の中心者に肉体を通して現れてくださる。私たちの教会におられる中心者と愛人にならなければならない。次第に教えは中心者=鄭氏であるかのように誘導していきました。この教会を率いる牧師は鄭氏しかいません。学び終えたとき私はふとこんな思いを抱きました。「再臨主? 救い主? 肉体を纏っている? 中心者って先生しかいないよな?」。妙な気持ちでしたね。すると何かを悟ったような気分になり「先生がこの時代の救い主、再臨ではないか」と思うようになりました。「ああ、なるほど。だから皆(信者)はあんなに熱心に先生の話を聞き従うんだ」と納得してしまいました。

 

摂理「30講論」(再臨論)より(記事に掲載された画像を本紙が日本語で表記しました)

摂理では鄭氏が再臨主ですよと教わることはありません。自分から教えを聞き悟らなければ意味がないと気付くまで待たれるのです。私は瞬間的に「先生の花嫁になるんだ」となんとも言えない衝動にかられました。でも、この気持ちは思い込みかもしれない。だから講師にそっと確認しました。「講義を熱心に聞きました。再臨主は先生ではないかと思うのですが?」。すると講師は私の目をじっと見つめると「ええ。貴重なことに気付いたね。このことは他言しては駄目だよ」と答えが返ってきました。摂理に二十数年所属して後にも先にも先生を再臨主だと確認したのはこの時だけです。私は確信しました。ようやく真理を悟ったと。もう教会には戻る必要はないと考えました。

 

「私が遣わした者も認めるべきであり、私イエスも認めると私も彼を認める」と書かれている。地上に信者(人々)がいて中間(空中)に鄭明折氏、一番上にはイエス・キリストのような絵が描かれている(写真:キリスト教ポータルニュース)

通過式という名の自称再臨主からの強制的な性行為

それから1ヶ月が経過したある日のことでした。私の信仰が認められ、摂理の講師になるための訓練を受けることになりました。ものすごく嬉しかったです。すると先輩信者から「訓練を受けるにあたり通過式で祝福を受ける必要がある」と言われました。鄭氏から特別に祈っていただき祝福されると言われ、特別な気持ちになりました。「先生のところに行って下さい」。そう言われ私は鄭氏の邸宅を訪ねました。そして、私は鄭氏に犯されました。

あまりに突然の出来事で何が起きたのか理解できませんでした。羽交い締めにされ、意識がもうろうとしたことは覚えています。私は処女でした。痛みに耐えもがきながら、それが精一杯でした。恐くて声も出ませんでした。そんな私を見かねたように「おい! おまえ! 何様のつもりなんだ。その目つきは。俺はイエス様だ!身分をわきまえろ!イエス様の前でその態度はなんだ。よく考えろ。イエス様の前で悔い改めなさい」。私は恐怖で震え上がりそうになりましたが、「そうか、イエス様か・・・メシアだもん」と自分を言い聞かせました。この時、脳裏に「再臨主の愛人になりなさい」という摂理の講義がよぎったんです。洗脳教育だと思います。私は抵抗せず、鄭氏に身をゆだねました。そして怒鳴られたことは私の信仰が弱いからだと思いました。性行為を終えると鄭氏は私の耳元で「これは俺とおまえだけの秘密だ。他には言うなよ」と言われました。用が済んだのでしょう、早く出て行けと言われ慌てて教会に戻りました。よく見ると十数分おきに若い女性が鄭氏のもとを出入りしていました。

私は施設に戻るとあまりのショックと体の痛みで動けなくなってしまいました。「これは本当にメシアがやってもいいことなのか」。でもすぐに「間違いない。真理と救いの道筋をはっきり示してくださったではないか」。しばらく混乱が収まりませんでした。でも少し落ち着くと「先生は肉体を纏われたイエス様。あの体もそうか。ついにイエス様と繋がることができた」と納得してしまったのです。これはすべて摂理の教義から来る洗脳です。

 

女性信者たちに囲まれて時間を過ごす鄭氏(写真:エクソダス)

私は相当動揺していたのでしょう。気付くと回りには笑みを浮かべる女性信者たちが集まってきました。まるで先生との秘密を知っているかのような雰囲気でした。一人またひとりと声をかけ慰めてくれました。私は彼女たちの普段の様子を知っているので別人のような言葉に驚きました。Sさんは、「天国に行けば自由にSEXを楽しめるわよ」と嬉しそうに語り、Bさんは、「マグダラのマリアは香油の入った壺を割ったじゃない? あれ意味があってね。イエス様に塗るためだったのよ」と頬を赤らめながら話してくれました。Cさんは、「ヘインさん。安心して。イエス様は再び肉を纏って生まれたの。当然、SEXもされるわ」。どうしたの・・・。皆何を言っているの? これら発言は先生との性行為を肯定的に捉えていることはすぐに理解できました。そして鄭氏との体験後には女性信者が慰めの言葉をかけることも慣例化されていることも知りました。先生と一度でも多く性交することは恥や傷ではなく、むしろ信仰の冠だということです。これを不貞行為だなど考えることはありません。むしろ、先生から声が掛からない信者は人間として低く評価され、信仰的にも“神”の目にとまらなかったことを意味します。異常の一言に尽きますが、教理洗脳で私もすっかり染まっていきました。そのうちに浮かない表情をした入信間もない子たちを見る度に、「ああっ、この子も先生のもとで初体験を済ませたのだな」とわかるようになりました。私もいつしか彼女たちを励ます側にまわっていました。私はこの体験は今でも思い返すと後悔と悔しさでいっぱいになります。私はその被害者ですが、組織的な性犯罪の加害側であることも自覚しています。正直に明かさなければいけないことです。

鄭氏の写真を舐めながら主を称える女性信者。教祖を励ますために作成された内部動画の一部(写真・教会と信仰 提供元=反摂理活動家団体エクソダス)

私は二十数年、摂理の信者をしながら1対1で鄭氏と性的関係をもったのは4回です。先生は大勢の女性と行為に及ぶのが好きでした。だから二人だけというのは貴重で特別なことでした。あるときは、10人の信者を全裸にして並ばせて一緒に踊りながら最後は全員と行為に及んでいました。性交の恵みに入れない信者は涙を流しながら「主よ、主よ」と言って自慰行為をしていました。1990年は特にこのような集団性行為が頻繁に行なわれました。なかには20人、30人の女性を呼ぶことがありました。服を順番に脱がせて遊んだり、好き放題したりしていました。体に怪我を負った人もいました。行為が終わると何事もなかったかのように信者に無関心になります。「早く出ていけ」と追い返されました。普通の精神ではできないことだと思います。そんな普段の様子から鄭氏が秘密の儀式をしているなんて傍からわかりません。普段は権威ある牧師として信者の前に立ち、神の言葉を語るのですから。

私にはひとつの夢がありました。この宗教団体で教祖と性行為に明け暮れる堕落の罠に陥る前は、ジャーナリストの道を志望していました。大学で文学を専攻し、地方紙の内定が決まりあとは出勤する日を待つだけでした。でも、摂理にはまり、会社に通うことはありませんでした。自分の夢さえもどうでもよくなる教理が摂理の30講論です。教団の不貞行為は隠していました。だから私の両親は二十数年間、私の異変にまったく気付かなかったと言っていました。誰も「おかしい」とわからないのは隠しているからです。当時は、摂理と言っても周囲は止められることも反対もしませんでしたから。

異端カルトに入信する人は、真理への人一倍の渇きがあると思います。思い返せば、私がかつて通っていた長老教会で異端カルトについて日頃から教育され、予防策を講じていれば、私は摂理を警戒したはずです。ましてや、教会に摂理信者が入り込むこともなかったと思います。クリスチャンとはいえ、ほとんどは異端カルトと既成教会の具体的な違いをよくわかっていません。私もそうでした。この宗教は決して「問題を抱えた」人たちが信者になったかというとそうとは言い切れません。学者、医者、会社経営者、軍隊関係者(現役の韓国軍の式典に鄭氏が出席したことがある)と社会的地位のある人も入信しました。

1983年は鄭氏が韓国全土に教会設立を目指した年でした。その教会に足を運ぶ信者の90%は私のように既成教会から来た人たちでした。従来の教えに満たされず飽き飽きし、もっと刺激的でさらに魅力に感じる教えを求めて人々が集まってきました。街には真理に飢え渇く若者が溢れかえっていました。講義を通じて再臨主が鄭氏だと信じると喜びに満たされて信者は一致団結してまた新しい信者を獲得しようと奮闘しました。教会に大学講師を連れて来る子もいれば、有名な教授が訪ねて来たこともありました。鄭氏は異端とされる教会の信者を摂理に改心させるよう指示したこともあります。

初めて教会に来た初老の男性がこんなことを言っていました。「君(伝道した)の言うことはよくわからないし怪しいと思ったけどあまりに熱心に誘うものだから試しに来てみたよ。本当に親切でいいところだ」と。こんな女性もいました。「私は昔から虐めを受けていました。会社に入っても人間関係がうまくいきませんでした。どこへ行っても駄目な人生です。ここに誘ってもらって本当の優しさを知りました。聖書を通じて真理を悟りました。私を愛してくださりありがとうございます。もうここから離れたくありません」。そう言って泣いていました。この女性がしばらくして鄭氏のもとに呼ばれたことを私は知っています。

摂理って何が魅力なの? と脱会してからよく聞かれます。それは既成教会にはない「教会ならぬ楽しい空間」が用意されているからです。摂理は世俗的なものを捨て、戒律的な生活を信者たちは守っています。娯楽は不健全なものであって酒たばこは固く禁止されています。ただ、主(鄭氏)に全身全霊で人生を捧げます。ところが、若者をひとりでも多く入信させるために彼らの教理とは矛盾する彼らが特に好みそうなものなら何でも取り入れて企画し楽しめるように努めるのです。意外かもしれませんが若者たちは賛美歌なんて歌いません。歌謡曲や今時の人気ソングを流し、踊り、思い思いの時間を過ごします。居場所を作り、愛されていると感じさせるのです。失われた魂を救うためなら手段を選びません。そして、このように居心地がよい空間で時間を過ごせば、世間が異端カルトと批判しても当人たちは実感がありませんから離脱しないのです。こうして、教理で縛り、教祖に従わせるのです。

異端カルト対策が既成教会で強化されたことを知ると、鄭氏は「批判者対策」の指導に力を入れました。「イエス様は新約時代に異端だと批判された。時代ごとに新しい真理を示す人物は世の中が異端と断罪する歴史を繰り返してきた」。摂理ではこれを「相対的異端」と定義していました。自分たちが新しい真理を広める使命があり、イエスが受けた同じ批判を受けられることは喜びだと信じました。

教理洗脳された女性信者たちが教祖のために裸で踊る内部ビデオの一部

心の中ではどの信者も本部のために多くを犠牲にして信仰水準を競わせていましたが、表向きには信者同士の熱い友情、文化的楽しさをPRしながら聖書解釈の喜びを味わわせる団体でした。批判する外部の牧師の名をあげて彼らが異端を作り出すことで金儲けをしているという説教も聞いたことがあります。私は腐敗しきった摂理の問題を暴くために話しているので性的な問題に話が集中しています。まだ続きがあるのです。信じられないことに鄭氏との性交により妊娠する信者が多くいました。産むことは許されないので中絶手術を受けさせました。非常に自分勝手な欲望のために彼女たちは犠牲となりました。

鄭氏に提出された女性信者のリスト。脱会者によれば好みの女性を指名して自分のもとに呼びつけていたという。17才、18才の未成年たちだ。身長も178センチと高身長を選んでいる。「先生のことがとても好きです」と鄭氏に送るメッセージが添えられている。(写真:エクソダス ニュースアンドジョイ)

性の注文というものがあり、鄭氏が好む女性を選別するセクションがありました。鄭氏は一般の韓国人女性より背が低い「小柄な」男性です。自分を見下ろす高身長の女性が好みでした。「身長は180センチ、パーマは駄目、黒髪ストレート、痩せ型体型ではなく胸があり、先生が抱いたときに胸の位置に顔をうずめることができる体型が望ましい」。こんな注文は上層部がよく出していました。教祖にとって最もお気に入りの女性を1位、2位の順にそばに置き、用済みになると教団を追い出したこともありました。追い出された女性たちが外で抗議活動していたこともあったほどです。

実態を明かすなと言われました。嘘をついて教祖を守らなければなりませんでした。私は人としての良心を捨ててまで主(鄭氏)を擁護してきました。最後に私がなぜ摂理を脱会したのか話します。

それは教祖の自己保身、自己愛の姿に失望したからです。性的暴行事件で身柄を拘束され、懲役10年を求刑されていた控訴審裁判での出来事でした。私は傍聴席に座り、鄭氏が再臨主としてその姿を法廷で明らかにし勝利を宣言してくれると信じていました。鄭氏は神ですから。

彼は最終弁論でこう叫びました。「私は再臨主ではない。自分をメシアと教えたことはない」。私は耳を疑いました。自身の神格化まで完全に否定したのです。「ただの片隅に立つような小さな牧師にすぎない」とまで主張しました。あまりに衝撃的でした。私は鄭氏に処女まで奪われ、全身全霊を捧げた人生を摂理で過ごしてきましたから。なぜ、26年間も摂理にいることが出来たと思いますか? それは「彼がキリスト」だと信じていたからです。キリストに愛される花嫁だから性行為を受けるのはこの上なく誉れだと思っていました。その彼が自分は救い主ではないと言い切ったのです。二十年以上の信仰が一瞬で崩れ落ちました。私は鄭氏が法廷で「私は救い主だ。私が語る言葉を信じ、従いなさい」と力強く語るものだと当然信じていました。怯えるような表情をして自分を守ろうとする姿は、私を現実へと引き戻してくれました。これが脱会を決意した最大の理由です。私を犯した鄭氏は「俺はイエスだ!」と暴力を振るったではないですか。

あとで分かったことは、法廷で再臨主を否定した姿をみて最高幹部(当時学長)の先生や何人もの仲間が脱会したことです。そして数人の仲間と一緒に脱会しました。「やめたら地獄が待っている」そう教わった話も嘘だとわかりました。

発見された教祖・鄭明析の旧統一協会入会願書(写真:教会と信仰)

脱会してわかったことは中で聞いていたことの多くが嘘だったということです。私を魅了した鄭氏の説教は統一協会の教理を盗用したものでした。彼自身が元信者だったというのですから驚きました。それならなおさら納得できます。鄭氏という再臨主がなぜ、文鮮明という再臨のメシアを信仰していたのでしょう?聖書を2000回も読めるという話も他の異端教祖が同じことを話しており呆れてしまいました。どの教理も鄭氏が新しい真理として説いたものではありませんでした。ほとんど統一協会とその周囲で異端とされる人物の教えを真似たものです。だから特別ではありませんでした。その事実を信者は知りません。異端相談所で私は教育を受け、そこで回復し現実に目を向けることができました。抜けてから葛藤があり沢山苦しいことはありますが、時間の経過と共に癒えてきました。今も継続的にカウンセリングを受けています。この宗教は鄭氏という教祖の性的欲求を満たすために聖書を利用しているだけです。彼はほとんど行為に時間を費やしていました。比喩という説き明かしも教祖を神格化へ導くためのストーリーです。

私は改めて思うんです。既成教会に通う信者に対して牧師は聖書を正しく教えてほしい。そして、適切に指導してほしいと。何より異端カルトについて若い子には特に日頃の指導を怠らないで欲しいのです。

辞めてから心ない言葉で傷付けられたこともありました。元摂理というだけで汚らわしい存在のように扱われたことがあります。多くの脱会女性信者は口に出せないけど教祖との性的関係という心と体の傷を負っているでしょう。告発に加われない被害者はたくさんいます。そう簡単に誰に対しても言える話ではないのです。現実に戻るためには1人で努力してもなかなか前に進めないことがわかりました。人の助けが必要です。専門家の助言と治療も欠かせません。なにより異端相談所のようなところで教理の誤りを学び、信仰的更生も必要だと思います。そうすると何が間違いかよくわかります。私は異常で常識とかけ離れた生活を二十数年にわたり体験しました。加害者としての責任と、自分が経験した性被害の事実を世の中に伝えていくことが役目だと自覚しています。

 

この記事は提携先の「教会と信仰」(2012年4月15日号)とキリスト教ポータルニュース、韓国キリスト教異端相談所協会に掲載された人物(仮名)の証言をもとに限りなく原文から忠実に和訳したものです。また各紙から提供された追加資料も参考にしています。関連する画像も掲載しています。日本の読者向けに編集してあります。