張在亨牧師と本紙記者の電話一問一答

2004年6月9日 教会と信仰 チョン・ユンソク記者のレポート
 

クリスチャントゥデイ創立者 張在亨牧師

 

 

韓国キリスト教総連合会で統一教会関連疑惑の調査対象となった張在亨(ジャン・ジェヒョン 56歳、大韓イエス教長老会合同福音総会長)は6月5日、記者との1時間30分にわたる電話インタビューに応じ自身の異端疑惑について「すでに過去のこと。牧師按手を受けた時には片付いていた問題」と説明した。張総会長は記者との通話内容をオフレコ(非公開)にしてほしいと要求。本紙は事態の重大性を考慮し一問一答式で公開する。

 

▷張牧師は統一教会から出た時は文鮮明氏が偽再臨主、偽教祖ということを認識したのだろうか?そして牧師按手はいつ、どこで受けたのですか?

再臨主と認める程深入りしていなかった。そこは明らかだ。牧師按手は1996年か97年頃、大韓イエス教長老会国際合同福音教団から授かった。按手礼の際、私の過去について告白した。その教団が検証作業をどこまで厳密にしたのかは私は知らない。その過程で聞かれた事、試験、公開的な席においても信仰告白までした。1時間や2時間の話ではない。按手を受けたのだから問題がないと認めるべきではないのか?

▷統一教会側の資料を見ると、張牧師は鮮文大学で組織神学、行政だけでなく統一神学まで教えていると書かれているが。

それは事実ではない。一時的に組織神学を教えるように言われたことはある。あくまで福音主義の立場から現在プロテスタントと現代神学を教えていた。私は統一神学や原理講論とはまったく関係ない。

▷統一教会が記載ミスをしたということか。

他の人たちもあなた(インタビューしているチョン記者)のように近づいてくるのだ。だから、私と統一教会の問題を争わせる。私は断固として黙認しない。あなたが問う統一教会疑惑について正確に法的に示そう。チョン記者の資料については法的に戦う。その後、きれいに選別されることだろう。私を貶めたいなら統一教会と一緒になって争わなければならなくなる。

 

▲鮮文大学の卒業アルバムに登場した張在亨牧師(左から四番目)

 
 
▷資料をみると統一教会の大学巡回団長、鮮文大学校の学生部長、国際キリスト教学生会(ICSA)創立メンバーであり事務局長であると紹介されている。統一教会の中心的人物だったのではないか?

今、述べたものを系列的にみるべきだ。それは統一教会の外郭団体であるか、それとも統一教会そのものかだ。人々は「外郭団体も統一教会ではないか」と言うがそれは誤った視点である。過去にこだわり議論したがるが某マスコミもそのようなことで後で法的問題を受けると分かり彼らは私に謝罪をしたのだ。このことは簡単な話ではない。例えば、私は統一教会に入って救済にあたったことがあり・・・。

▷統一教会の合同結婚式は事実上、文鮮明を再臨のキリストと信じる人々が参加するものではないのか?

いや、そうではない人も・・・。私は私のやり方でやった。その話はしたくない。それを考えるだけで嫌になる。私は特に言いたいこともない。

▷公に出て過去の問題を釈明する意向はないのか?

一部の人がそのようなことを提案してきたので「それは狂った考えだ」と告げた。私が統一教会の人間だという証拠を持って来い。チョン記者が提示したいくつかの資料があるが、では、本当に統一教会側とそれをもって法廷で争えると思うのか?韓国キリスト教総連合会が「あなたの信仰告白はなんでしょうか?統一教会と関連がありますか?」と聞かれたので答えたつもりだ。今、私は聞かれたことに正式に答えた。


▷月刊「統一の世界」(統一教会機関紙)に「統一教会青年の座標」という文を寄稿したことはないか?

何を言っているんだ?そんなものは書いたことはない。そんなものは内部の者がいくらでも名前を使って書くことができる。

 

▷あなた、張牧師が再臨のキリストを教えているという証言も出ているが。

韓神大学出身者によくもそんなことを聞けるな?そんなことにまで話が及んだのは悲しいことだ。私は異端出身者500名を伝道した。その中で異端側は「メシアだ。キリストだ」と考えが及んでしまう。それなら私がそれを断ち切ってあげようと言った。そういう者たちは歩き回り悪さをする(色々言う)。なによりクリスチャントゥデイのメンバーは私と共に働く人間たちだ。もし私に問題があればクリスチャントゥデイの記者たちが私を追い出すはずではないか。

▷時代別救助者がいるという主張はどう思うか?

それは摂理(JMS)の巧妙な理屈にすぎない。そんなくだらない話を持ち出すな。時代別に救世主がいるものか。私はむしろ、そのような信仰者を救った。福音は簡単だ。恵みの福音だからだ。そこに救いの手段を作り上げることは高慢であり偽りではないか。異端に傾倒したものは十字架を求める。私は統一教会側の学校に行った時にこのような話をした。だから、統一教会から追い出されたのだ。